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マリーの脳蜜。

ナカムラルビイの脳みそから抽出されたもの

手にとるように分かる猫的寓話

ついに我々が目を覚ました時には、ついぞ夜明けが来なかった。

我々が知見しうる限りの世界軸では、夜明けというものは、ネズミの臓器をひっくり返して読む本のように、また、鏡合わせにしない限りはやってくるものであった。
だからと言って、果たしてそれがやってこようがこまいが、全くもってなんの不都合もなく、そして、世界は8,000と367日ぶりに我々の実権社会へと返り咲いたのであった。ニャアと(しかし、このニャアと言う音は人間が生きている世界の、ある特定の地域で表現される我々の言語だ。)鳴けば、人間たちは、犬のように3回回ってワンと鳴く。(このワンと言う音も、先述の通りである。)

犬は、宇宙人である。という仮説を立てた場合、それを立証するものはただ一つ、チワワによって行うことが出来る。
何故かと問われれば、彼奴らは一蹴(これは物理的に。つまり"一度蹴る。")すれば、死ぬ。そして365日昼夜問わず叫んでいる。また、その挙動が不審なところも、宇宙人であると言える。単純に言ってしまえば、我々が上位カーストであるこの空間に於いては、いらない。いらないニャー。
よって、ここでチワワは退場。
ブラックホールに吸い込まれて、熱い熱いキャンディーのように、引き伸ばされて引き伸ばされてしまえばいい。我々はアカシックレコードaccessするのは容易であるので、それまでsuccessしていてくれ給え。ニャーハッハッハ。また、上記で宇宙人と述べているが、これは再翻訳の上で、便宜的にそのような言葉を用いているだけである。アッ、犬退場。サヨウナラ〜。てなわけである。

ここで一つ、勘違いをしてほしくないことがある。我々は決して犬が恐怖の対象であるわけではないということを。
本来、犬というものは我々を畏怖の対象としてみるべきなのである。それは、ラスコーの壁画に描かれている通り、我々の肉球の下の牛の蹄の下の亀のヒレの下の鳥人間の足の下のトカゲの爪の裏に犬が居るからだ。挟まっている。インドシナウォータードラゴンの前脚の爪の裏の溝に犬は挟まっている。これは傑作だ。
我々は時折、人間が築いた社会の道路の横によくある溝で思慮深く腰をおろしている事がある。これは決して挟まっているわけではない。しかし、犬は、挟まる。これは傑作だ。話が脱線してしまったが、我々がつまるところ主張したいのは、犬は我々を畏れ、敬うべきであるにも関わらず、そこらだ中にクソを垂れるわ、果てはマーキングなどと称して我々の領域に侵入してくる。このような不届き者は然るべき処罰を受けるべきなのである。

睡眠について。
これは、ある人間社会に於いては、我々を呼称する際の言葉の元になっていたりもする。
かの文豪が記述した言葉を借りる。
「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」
睡眠とは、ある人間社会に於いては、自らのエゴイズムを尊重する際に取る療養のことである。しかしながら我々はエゴイズムをわざわざ尊重せずとも、常にそれは発露されているものなので、実質、所謂起床時、であろうと、また、そうでなかろうと、我々を中心として世界は時を刻んだり、時に我々を雨で濡らしたりだとか、するのである。
我々は、高慢なる美しさという概念そのものなのである。
分かったか。ニャー。



________

今、彼(或いは彼女)は、スヤスヤと寝息を立てている。



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あけました。今年もよろしくお願い致します。

グッズ通販があります。


◎マリーの脳ゲロ 分泌物的文筆物集/¥1,500
・過去芝居の脚本から、「駄菓子屋のババアは歳を取らない」、そして所属バンドの歌詞、またよいこのおマンガちゃんまで、まさに"分泌物"総集編な1冊です。
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◎ピースフルTシャツ/¥2,800
・こちらは再販予定無し、現物限りです。
XS、Sサイズ残りわずかとなっております。
ミュージシャンから私の叔母(下写真)までお揃いの1着。
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◎いかがわCストラップ(通販限定)/¥500
・過去にモツ投げアイドルを行なっていた時の物販でお馴染み。お馴染みの方も、お馴染みでない方も、どうぞ。
すべて1点ものとなります。※ランダムとなります。
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◎eat et eye缶バッヂ/¥1,000
・ご自身用も、好きなあの子用にも。
よりどり3点セットなので、3姉妹にもオススメ。
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これらを身につけると(或いは読むと)以下のような特典が得られます。
・友達ができる
・厭世感が無くなる
・色々上手くいく
・昨日よりもっと強くなれる
・痛みの先に自分さえ知らない姿手に入れる
・それがエボリューション
・明日は、もっと楽しくなるよ。
・ね、ハム太郎


それではみなさん、ごきげんよう

おそらく、創作こけし。されど手記と思想

作り話ですよ。

象の寝息によく似た水色が透明になる、つまり街がイルミネーションで彩られた後の始末、つまり、それはクリスマスの翌日以降を指していて、勿論年末である。
もぬけの殻になる前に、私は幼女を掻っ攫った。それはドン・キホーテでの話であった。
突如として輝き出した私の心のLED!点灯式は少し待っていてね。けれども誰も待っちゃいないし、時間もまた、雨みたいに降りしきるばかりで、止むようなことはないのだ。
道端で子猫を拾うのは許されて、どうして子供を拾うのは事案になってしまうのか?それは子供が子どもになり、障害者が障がい者に変わる前より前のめり気味なトークの素であった。当然味の素は化学物質で出来ていると思うし、いつかの中華飯店で食べた野菜炒めだかなんだかは、ハッカクとアジノモトの味しかしなくて、ひどく舌を傷める原因となってしまった。化学物質アレルギーというやつですね。でもナチュラリストは概ね嫌いです。理由はそう、怖いから。
これは明朝体で書かれていないからといって、明朝に書かれていないわけではない。これは列記とした夜明けの文章だ。その証拠に、松屋の看板が暗闇の中で煌々と光る中でしか書けない文章だと思う。タバコのにおい、煙、朝のコーヒーの湯気が交じって、視界が曇ると、まだ夢の中なのかなあなどという錯覚に陥る。明朝のことは字面が明るい朝であるということから、夜明けっぽいなあと思っていただけのことであるので、その節は、いや、その折は?どうか忘れてほしい。なお、正しい意味合いを知りたいかというと、それは貴様に訊かなくともウィキペディア、或いはヤフー辞書で調べるので結構です。
ところで猫は死ぬと頭蓋骨に十字架を刻むらしい。日本の猫は知らないが、死んだ私の猫は、本来イギリス産まれであるので、キリスト教元来だと思われる。つまり、猫は死んで、肉が朽ち、骨になってようやく何を信仰していたかというのが発覚するのだ。それまでは宗教的な思想に基づくことなく、きやつらは独自によって呼吸を繰り返しにゃあにゃあ鳴いたり、ご飯を食べたりするのだ。キャッツだけに。
私は猫が大好きだ。だから、猫が望むのならば、人間も殺す。猫ちゃんがヤバイ立場になったら、人間を殺す。さしあたって、今のところ生き物を殺してはいけない理由は、悲しいというものが生まれるからだと思う。
人を殺してはいけないのは、見つかると自分も死ぬ可能性があるからだと思う。捕まっちゃったりしてね。
自分も死ぬと美味い飯は食えなくなるし、なにより猫ちゃんとタップダンスを踊ったり、チゴイネルワイゼンを聴いたり、ワイルドサキソフォンを吹いたり出来なくなる。だから、やだ。やだから、バレると困るからあんまり殺さないようにしている。
これだけ命がそこらへんに転がっているのに、そんなありふれた、温泉みたいにあふれた、命、で、一喜一憂しているのが悔しい。だから虫をいじめたりハムスターを殺したり、金魚を痛めつけたりするのでは?少なくとも私はそうだ。
だから、この攫ってきた幼女を、どうしようかなあと思っている。
幼女は、猫ちゃんみたいだと思う。それは、見た目の話だ。
ぽやっとした髪の毛、薄い胸から臍の下までのゆるいアール、思わず抱きかかえたくなる。だから、抱きかかえて、私は街を走った。家に着いて、私を見上げるその瞳の純なカンジ、ポカンとした様、ああ、猫だなあ。
しかしだなあ。
よくよく考えてみれば、人だし猫ちゃんじゃないよね。
しかもドンキで拾ってきたシロモノとくれば、途端に身汚く感じる。何故ならばドン・キホーテ民度が低いしなんか名前も下卑たかんじっぽいから。
見るな!殺すぞ。今夜はステーキ。やったー!リブロース大好き。

●ックスの話

話は2年前に遡る!

当時私は、高校を卒業したけど社会に出るような甲斐性もなし、寄る辺なし、金もなし、展望もなし、なんとなしに高校の専攻科(短大とか専門学校とかそんな感じの)に行って、ロクロを回したり土をこねたりしていた。
4月末。アラバキロックフェスでThe TravellersのThat Mellow Saxophoneに涙した。とにかくカッコよくて、カッコよすぎてどうしていいかわからずに、泣いた。
翌日、仙台から名古屋に帰る飛行機をキャンセルして、そのまま父と横浜に行った。トラベラーズを追っかけて、トラベルした。
楽屋。私は、楽屋の空気が苦手だ。自分が出ているワケでも無いのに、そこに居ること、それがすごく申し訳なくて、だから、「この人たちと堂々と場を共有できるようになろう」と、「同じ土俵に立ってやる」と、思ったのであった。
横浜から帰ってきて、翌週、すぐにテナーサックスを買いに行った。トラベラーズのしーくんが使ってるのと近い見た目のサックスを必死こいて探して、でも未成年なので上限30万しかローンが組めず、手持ちで事足りなかった頭金は、母が仕事を早退して持ってきてくれた。ここで、母に多大なる感謝を。
そんなわけで、「このローンが払い終える頃には、トラベラーズと一緒にやりたい」っていうのを目標に、2年間ローンを払い続けた。
学校は行かなくなった。夜中にスタジオに行きまくった。トラベラーズの、父が参加しているNYライブの音源、Jumpin' at NYのThat Mellow Saxophoneのしーくんのソロ、の、高音、一瞬のノイズに惹かれて、とにかく練習した。いつの間にか学校は退学になった。そしていつの間にかノイズばかり吹くようになっていた。

ローンを払い終えたのは、今年の夏だった。
トラベラーズとの、タイバンが決まった。

素直に言って、おしっこチビるかと思った。

ほんで、昨日おとといと、一緒に豊橋クラブノット、岐阜羽島と。
迎えた1日目、ライブ前にアレルギーで死にかけになり、2日目、会場でトラベラーズのリハを見ながら点滴。
体調はウンカスレベルだったけど、助けてくれた人々のお陰で、無事に、楽しく、ハッピーに!できました。
しかも、2日目のリハ後、ざぶんが「一緒にザットメロウ吹くと?」って。
おい!マジか!出来る出来ないの前に、「やるっぴ〜〜!!」などとふざけた言葉を返すのであった。

いざ、ライブ。
マイクトラブルがあったりなんだりしたけど、これまた助けてもらって、しーくんとサックスソロ対決もブチかませて、もうすぐ死ぬんじゃないかなあと、とか、そんなことを考えていた。
この瞬間のために私は、サックスをやっていたんだ。

打ち上げで。
しーくんに、ノイズサックスは自分のものだ、と、言ってもらえました。

この機会を与えてくれた方、助けてくれた人、ここまで支えてくれた方、来てくれたみなさん、ママ、そしてあの衝動をくれたトラベラーズ、ピースアンドハグアンドハピネス!

ただ一つ心残りなのは、ザットメロウの最後のフレーズ、スタジオでCD音源に合わせて吹いてた時は完璧だったのに、実際に吹いたら失敗したことです。
しかしながら音楽というのは不思議なもので、悔しい分だけ楽器が好きになるんだよなあ。

ということで!
次の夢も、言ったら叶うと思うので、言います。
トラベラーズwith中村親子として、ステージに、あのアラバキの地に、立つ!
以上です。

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追記

ちなみにアルトサックスは小3の時からやっていた。
今は無き、栄の明治屋の隣の丸善の9階のヤマハ音楽教室に通っていた。おばあちゃん、りょうじさん(祖父)が、お迎えに来てくれていた。
先日、今は亡き祖父が撮りためていた写真がいっぱい出てきた。初めての発表会、100人くらいの大人の中で、Aトレインと、あとタイトル忘れたやつを吹いている写真。涙ながらに撮っていてくれていた思い出が蘇る。
祖父が亡くなる前日、高校の吹奏楽で、初めて賞を取ったことを、伝えた。

おばあちゃん(は、ご存命だけど)、りょうじさん、10年ぐらい前に、パパが叩いていたトラベラーズと、私は一緒に演ったよ。
りょうじさんはジャズが大好きで、おばあちゃんは、「たっちゃん、けたたましい音楽やらんと、ジャズを続けなさい」って言って(たらしい)。

パパが叩いていたトラベラーズと、私も、一緒に、演ったよ。
ここに、報告します。

ピースボートのポスターがある居酒屋は信用しない


創作小話と、日記です



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ヤフオク!ニュースレターだけが、唯一、俺に季節感を与えてくれる。
俺は、ひきこもりだ。しかし俺は、働く意欲があって、実際、働いているのであって、決してニートではないのだ。
世間ではよく、ひきこもりとニートを混同されてしまうが、俺は正直その風潮に、甚だ嫌気がさしているのだ。
実際のところフリーターだ。フリーターという響きは、好きだ。なんだか、この鬱屈した世界の中で、自由なライフスタイルを確立しているような響きがある。それに、若さを感じる。しかし、地下アイドルは嫌いだ。あれは、フリーターの現実逃避だ。だから、ひきこもりとニートとアイドルオタクをいっしょくたにしないでくれと思う。
俺は、オタクではない。
俺の一日は、こうだ。
昼時に母親が掃除機をかける音で、目がさめる。俺は掃除機の音が嫌いなので、目を覚ましたままで、布団の中に潜り込む。携帯でクラウドソーシングサイトを見ながら、今日の案件を探す。俺は、カニ通販の感想記事を書くのが好きだ。年柄年中、カニ通販の感想記事を書いている。そうしていると、ヤフオク!ニュースレターが届く着信音が鳴る。ヤフオク!ニュースレターだけが、唯一、俺に季節感を与えてくれる。なぜならば。
俺は、年柄年中、カニ通販の感想記事を書いているからだ。しかし、一年のうち、カニを口にすることなんて、そうそう、無い。俺は引きこもりだが外食をする程度には外界とのコミュニケーションが取れるため、回転寿司屋へ行ったり、する。回転寿司屋で、日本の技術力の高さを、学ぶ。老眼の母親の為にタッチパネルで代わりに注文するほど、優しさも兼ね備えている。俺は。そして、家に帰って、カニ通販の感想記事を書くのだ。カニ通販など、したことはないが、書くのだ。それぐらいの想像力も、ある。

今から書くのは、ふと、その日常を脱してみようという試みをした際の感想記事だ。

ピースボートのポスターがある居酒屋は信用しない。
僕は、工業高校に通っていた26歳です。このご時世、高校を卒業してからすぐに就職をするのは、世間様から難色を示され、中々手放しに喜ばしいこととは言えません。勿論、そのような方達をこき下ろすわけではございませんが、あくまで、一個人の意見として、そのように記述した次第です。
そして、大学進学を目指したものの、浪人生となり、そのまま流れるようにひきこもりとなってしまいました。
しかし、ニートであったわけではありません。僕は高校生時代から、クラウドソーシングサービスを利用して、働いていました。カニ通販の感想記事を書いたり、時には、趣味を活かして、ソーシャルゲームのレビューなどを書いていました。それは、今でも行っています。
そうやって働いていたのに、やれ、ニートだのと言われてしまいます。僕はニートではありませんが、ひきこもりとイコールで、ニートと思われてしまっていたようです。これでは、癪だな、と、僕は、一念発起し、外に出るアルバイトをやってみることにしました。
今の時代、情報誌をわざわざコンビニに漁りに行くより、インターネットで探した方が、効率よく、自分の求める、より良い職場を探すことができます。その際、僕が一番重要視しているのは、お店の紹介プロフィールよりも、トップに出てくる画像です。なぜかというと、それは、人材に困窮しているお店の立場になったらば、僕は、人を惹きつけるとっておきの写真を用意するからです。スクロールをして、真っ先に目に付いたものをいくつかピックアップし、お気に入りに登録。そこから更にスクロールして、最終的に、一番関心が持てるお店を選ぶ。
そんな中、見つけたのが、チェーン展開している、居酒屋でした。写真の中では、若い女性スタッフさんのチャキチャキした笑顔、男性スタッフの爽やかな笑みが映っており、全体的には、僕と同世代のスタッフが多い印象でした。僕はスグにアポイントを取って、面接に行きました。手応えを感じた面接の後、3日後には、スグに研修をスタートしていました。
クラウドソーシングサイトで、カニ通販の感想記事を書いて、40円を稼ぐ日々に、サヨナラを告げるのだ。
僕はひきこもりですが、人と話すのは大好きですし、従業員のみなさんとも、それなりにコミュニケーションが取れているつもりでした。しかし、そう思っていたのはどうやら僕だけだったらしく、働き始めて一週間後には、いじめとも取れるようなことが、まま、起こるようになっていたのです。僕はとても悲しくなりました。だって、このお店のトイレにはピースボートのポスターが貼ってあって、そこにはいつでも、リオデジャネイロの女性たちが、楽しそうに、踊っている。それを見る度に、僕は、アルバイトを探していた時に見つけた、この居酒屋の、募集記事の、写真を思い出すのです。

未経験者歓迎、フリーター優遇。
和気あいあいとしたアットホームな居酒屋です☆……。

まるでそれを体現するかのような、ピースボートのポスター。
僕は気付いたのです。世界のどこにいっても、このやり場のない孤独感は、きっと、解消されないだろうな、ということに。僕は、居酒屋を辞めました。
それからというものの、飲食店のアルバイトで面接を受ける際は、必ず、トイレを借りる。
ペンギンと、モアイ像と、リオデジャネイロの奇抜で破廉恥な衣装をまとって踊る、女たち。
それが僕の、トラウマなのです。」



4人が評価しています
「だから」
★☆☆☆☆
何?

「糖質の妄想録」
★☆☆☆☆
このレビューにはコメントがありません。

ステマ(?)」
★★☆☆☆
カニ食べたいなあって思いました。

「ここなら出会える!!↓↓↓」
★★★★★
童貞の俺も、ここでソッコー女のコに会えました(笑)
メールでポイント使わずに、ヤりたい女だらけだからすぐにラ●ンの交換もできるしw
登録簡単5秒!!会員になるに………続きを読む



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この間、シャバクラGOLDに出演しました。

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シャバ嬢たち
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ぼく脳氏と会田誠氏と
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クリスタルのの神とナカムラは自撮り棒を使った

その前に、道玄坂のケニックカレーに行って、ミスiD活をしてきました
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海乃さん、きたいあや氏、神、ナカムラ

ファイナリストはワンコインでうまいカレーが食えました。やったー
昼、カレーを食い、夜、会田誠のカレー(隠喩)を食う。
今回、世界初の試みとして、参加型催眠ノイズサックスを実施致しました。
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ぱぱぴに褒められた!やったー。
かなり充実した1日でした。その翌日に、風邪がだいぶヤバみにこじらせてしまったので、点滴打ってきます。

Yo 俺は気管支炎のサキソフォン奏者
陽気で妖艶 日々をエンジョイ
ついついイジワルしちゃうけど
悪気はないよそれはホント
いじらしいほど可愛いって
言ってたあいつはもう居ない。

ごきげんよう。





隣の増田はよくマスかく増田

創作小話です



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その時、教室で起こったのはビッグバンであった。

出席番号二十九番、私、三浦万寿美、ミウラマスミ、の、隣の席、の、増田。

増田の、「俺、一日五回はセンズリこいとる。」というセンセーショナルな一言によって、二年三組の教室は、途端に色めきたったのであった。
露骨に嫌な顔をするのは、増田の座席の右斜め前に座る、出席番号二十七番、細井。女子。
その隣で、嬉々として増田をまくしたてるのは、出席番号二十六番の、蛇澤。男子。
ただでさえも思春期真っ只中、男女の性差が顕著になり、サラダボウルみたいにめちゃめちゃに混在した学び舎では、個人のセクシュアリティ溢れる話など、タブーに等しかった。
この中学校に於いては、女子の絶対領域といえば、紺色の膝下スカートから、長めの白ハイソックスの間の、およそ三センチであったし、校則では、男子の頭髪の長さは三センチまで、と記されているのであった。
田舎の厳格な中学校そのものなので、殊更この手の話には誰も大々的に好色を示さなかったのだ。
校則によって、団子三兄弟のような風体となっている、男子以外は。

そんな二年三組の、一学期始めの数学のテスト終わり。
脱力感漂う雰囲気を切り裂いたのは、先ほども述べた増田の言葉であった。
増田のマスターベーショントークは、センシティブでセンチメントな中学二年生の我々には、ひどくインパクトのある話で、タブーを打ち破る様は、かの革命家チェ・ゲバラの様相を呈していた。
且つ、ひとたびの言動によりクラスメイトを惹きつけた増田の姿は、まるで、社会史の先生が授業中に豆知識として語っていた、民衆の眼前で弟子とオナニーをした哲学者ソクラテスのようでもあった。
私も、そんなソクラテスの珍妙極まりない言動に面食らう民衆の一人だ。
つまり、今の増田はカリスマだ。

増田は続け様にこう言う。
「オナニーなんて、猿でもやっとる。人間だって、カいとる。今更恥ずかしがることもないやろ。」
教室中は、妙な熱気に包まれ、誰もが、何故そんな話に至ったのかなんて忘れていた。増田の話し相手であった筈の私も、予想外の一言によって、忘れてしまっていた。
もはや、そんなことはどうだっていい。
とにかく、増田は己の自慰行為の頻度というアホくさいカミングアウトによって、一気に二年三組のクラスカーストの上位に躍り出るのであった。

それからというものの、クラスメイトは増田の一挙一動に一喜一憂し、増田自身は、コンダクターとなっていった。
最初こそ不快感を露わにしていた女子たちも、制服が半袖に変わる頃には、「増田くんて面白いよね。」などと、フワッとした好奇によって、増田に対して好感を持つようになっていたのであった。

そろそろ本格的に、肌にじんわりと汗がにじむ季節がやってきた。
増田の隣の席である、私、出席番号二十九番、三浦万寿美、ミウラマスミ、は、何故だか増田のオナペットアイコンとして、クラスメイトに茶化されるようになっていた。
無理もない。私はCカップだ。
第二次性徴期ソサエティの中では、Cカップの発育のよろしい私は、そういった的の格好の餌食となるのだ。
私の前の座席の女子、細井。
増田のカミングアウトの際、彼女は真っ先に、腐った肉を嗅いだような顔をした。
しかし、今の彼女は、こうだ。
「増田くん、意外と顔もかっこいいし、付き合っちゃえば?」
こんなことを言うのだ。
こんなことを言う時の女子の責任感など、往々にしてお粗末なもので、私も同じ女子として、そのたんぽぽの綿毛の如き軽さは重々承知の上ではあるものの、「まあ、私は別に、好きでも嫌いでもないけど。かっこいいしね。まあ、どちらかと言えば、好きっちゃ好きかな。でも、結婚したらミウラマスミだよ?ちょっと、変じゃない。」などと、先走りまくった素っ頓狂な返事をしてしまうのであった。
それ以降、増田のことを、意中の人という対象で、益々意識するようになってしまったのは、言うまでもない。

そうこうしているうちに夏休みに入る。当たり前のように毎日顔を会わせる日常から遠ざかってしまうと、それとは裏腹に、私の増田への恋心は募っていくばかりなのであった。
英語の宿題をしていると、単語訳の中に、"数学"というワードが出てくる。
数学、マス、増田……。
増田ーべーション……。
私もまた、中学二年生なのだ。

悶々とした七月を終え、八月の第一週目火曜日、出校日が訪れた。
正午前に、生徒は、みな帰る。
教室に残されるのは、喧騒の後の静寂と、それに反抗するように反響する、蝉の声、それだけだ。
それだけだったはずだった。
けれども、二年三組の教室では、少しだけ日焼けした増田と、私が、対峙していた。
事の始まりは、数十分前。
帰りの会が終わり、皆がポツリポツリと教室を出て行く中だった。
何を思ったのか私は、「増田って、夏休みはどれくらいその……してるわけ?」という疑問を増田に投げかけたのだ。
それを受けて増田は、ニヤリと笑った。
「ええよ。」

その「ええよ。」の中には、お前に俺の自慰に耽っている姿を見せてやる、という意味が含まれていることに気付くのは容易かった。何故なら増田も、「増田って、夏休みはどれくらいその……してるわけ?」の中に、あんたのオナニー見てみたいんだけど、というニュアンスが込められていることを理解していたからである。中学二年生の性に対するハングリーさと、洞察力は凄まじいのである。

ああ、それにしても、暑い。
「窓、開けていい?」
「いいけど、カーテンは閉めて。」
増田は既に下半身を露出していた。
「じゃ、するから。」
そう言うと増田は、学ランの胸ポケットから生徒手帳を取り出し、その中に入っていた、一枚の写真と思わしき紙切れを机の上に置いた。
コノヤロウ、いつもオカズを持ち歩いているのか。
そんな怒りに似た呆れがフッと湧くものの、それと同時に、眼前で繰り広げられるエロ同人まとめサイトのような光景を、冷静に客観視している自分も居た。
あられもない格好で、必死に右手を動かす増田。
増田の荒い息遣いを聴いていると、なんだか、この場は私が支配しているという、征服感があった。
繰り返すが、私もまた、中学二年生なのだ。
要は、アホの極致なのだ。
ああ、しかしきっとこれは、この、暑さのせいだろうな……。

果てた増田の後ろ姿は、なんだかニルヴァーナを湛えていた。
そんな増田と、私。
つい先ほどまで、生徒たちの活気に満ちていた教室には、初春の下心と、背徳感と、デカダンスが、流れていた。

いかんともしがたい空気の中、私はポツリと、言う。
「……マスダマスミって、変だよね。」
風が吹く。
増田が机の上に置いた写真が、床に落ちる。
出席番号六番の、川村が、少し露出の多い私服を着て、恥ずかしそうに微笑んでいた。

「俺、彼女いるんだ。」
その風は、次に、私の哀愁を連れて、廊下側の窓を、カタカタ、と、小さく、震わせるのだった。
「あっ……そう。」

正午を報せるチャイムが鳴る前に、私たちは教室を後にし、それぞれの帰路に着くのであった。

その夜、私は、増田を思いながら、ベッドをベチョベチョに濡らしていた。
無論、涙で。
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駄菓子屋のババアは歳をとらない

創作小話です。



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自転車で20分。それが私の家から、母校までの距離だった。
歩いて2分。それが私の家から、「松乃屋」までの距離だった。

松乃屋は、駄菓子屋である。

Tマークの車がよく走っているこの街は、所謂ベッドタウンであった。
車を走らせたらば、それなりにファミレスもあって、それなりに家電量販店もあって、それなりにコンビニもある街だった。
けれども、快速では飛ばされる最寄駅の方まで歩いていけば、営業しているんだか営業していないんだか分からない喫茶店があった。その近くには、営業しているんだか営業していないんだか分からない店が多く立ち並ぶ商店街がある。つまるところそれは"シャッター街"と呼ばれる商店街で、その中の一つに松乃屋はあった。
中途半端に増築された松野さんの家の隣にあるその店は、トタン屋根で、黄ばんだアクリルボードの"松乃屋"という看板、手動の引き戸には、日焼けしきった色画用紙に書かれたかき氷のメニューが365日掲示されている。
サブカル女ですら通り過ぎるほどに小汚い店だ。
学校帰りにふらりと立ち寄ると、小さいテーブルにそこそこ新しいテレビが置いてあって、おそらく松野さんの奥さんだと思われる老女が、丸椅子にデンと構えていた。
近所の子供たちからは「ババア」と呼ばれ、私も直接こそ口に出さないものの「ババア」として認識していた。
しかし、この場合の「ババア」は、年上の女性を口汚く表現したものではなく、名前も知らない彼女への固有名詞だ。
チャーミングなアップリケのついたエプロンを着けたババアであったが、ババアの中には、およそこれっぽっちもチャーミングという概念は無く、あるのはただの威圧感、ひいては貫禄だった。
テレビでは、始終、吉本新喜劇、あるいはたかじんのそこまで言って委員会の録画が流れていて、ババアはそれをいつも観ていた。

そんな松乃屋に行く頻度は、中学、高校、と、歳を重ねる度に減っていった。
さて進学か、就職か、と悩んでいる頃には、もうサッパリ行かなくなってしまった。
なんとなしに商業高校へ通っていた私は、これまたなんとなしに、美容系の専門学校への進学が決まった。
県内で一番栄えている都市にその専門学校はあった。良い機会だと、私もその都市で一人暮らしを始めることにした。
引越しの前日、私は久方ぶりに松乃屋へ行った。
既にやしきたかじんはこの世の人では無くなっていたが、あの駄菓子屋では、たかじん田嶋陽子の言い合う声と、ぱち、ぱち、と、そろばんをはじく音が響いていた。
そんな姿を見て、私は、ただぼんやりと、初めてここで10円ガムを買った時とのデジャブを感じていたのだった。

ババアのいる街から離れて過ごしたアーバンライフは、思い描いていたほどたいしたものでもなく、私の日々は、高い家賃の為に始めたガールズバーのアルバイトと、作家志望の先輩を通して知り合ったバンドマンの彼氏によって消費されていくだけであった。当然、家賃よりも高い学費を継続して支払えるわけもなく、痺れを切らした親からの仕送りが途絶えた頃、私は中退してしまった。

それから2年。フリーター生活で磨耗していた私は、思春期を過ごした場所に戻ってきていた。
開発が進み、マンションがボンボン建っていた。
中国人だのブラジル人だのが住むようになっていた。
セブンイレブンでは"リ"というネームプレートをよく見かけるし、顔を見ただけで赤マルを袋に乱雑に突っ込む店員の名前は"ピケ"であった。

あと50年ぐらい経ったら、この街にも快速列車が止まるようになるだろう。
その時も変わらずババアは、吉本新喜劇やら、田嶋陽子の罵詈雑言やらを、聴いているような気がした。



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久しぶりに墓参りに行ってきました。

次回予告

ヤフオク!ニュースレターだけが俺に唯一季節感を与えてくれる

・田舎の中学生の絶対領域は白ハイソックスから膝下スカートのおよそ3cm

ピースボートのポスターがある居酒屋は大体信用しない

窪塚洋介のパラドクス

掃除機をかけていたら思い出したので「窪塚洋介のパラドクス」について語ります。
窪塚洋介のパラドクス」とは、先日の個展3日目に私が発案した哲学的思考実験です。

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前提:マンションの7〜8F以上から飛び降りると人は死ぬ(完全自殺マニュアルより解釈)

前提:マンションの9Fから落ちても猫は死なない(ちょっと前にLive Leakで見た)

前提:窪塚洋介は9Fから落ちても死ななかった

結論①:よって、窪塚洋介は猫である

前提:私は猫が大好き

前提:私は窪塚洋介が大好きではない

前提:窪塚洋介は見た目から推測するに、人間である

結論②:よって、窪塚洋介は人間である

結論①と②が導き出されたことによって、「窪塚洋介のパラドクス」が生じる。


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語感の良さから「パラドクス」を「矛盾」と同義として称していますが実際の意味はちゃんと分かってないです
合理性を欠いた文章だ!(Yahoo!知恵袋より引用・編集)

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猫が死んだぶりにブログを更新しました。