マリーの脳蜜。

ナカムラルビイの脳みそから抽出されたもの

イミテーションに意味無し

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ハーブ生活2日目。

左がバジル、右がワイルドストロベリーです。

バジルはあったかいのが好き、ワイルドストロベリーは寒いのが好きらしい。

バジルの下のタオルには、カイロを挟んでみました。で、ラップを被せて湿気を多めに。

さっき色々サイトを見てみたら、ワイルドストロベリーは、種の上に土を被せたらいかんらしい。というわけで、種の上の土を避けてみた。というか、よくよくみたら、種がめちゃ密集してたから指で散らしてみた。うーん、実に雑。

果たしてしっかり発芽するのか!

バジルはなんとかなりそう。

 

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みんなのおかげですてきな食卓

美味しいものは幸せだー

私の胃袋、常に美味しいよ

食べないで下さ〜い

ごきげんよう

 

赤のコンテナに葉っぱが見えりゃ歴然とした手術室

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今日からハーブを育てます。

ワイルドストロベリーと、バジル。

昨日の母の誕生会でいただいたものです。ありがとう。

早速種まきの時点で失敗しました。

袋にいっぱいぷちぷちが入ってたから、全部蒔いたのですが、後から説明書よく読んだら「目安10〜20粒」と書いてあった。ジャングルを作ってしまった。

植物を育てるのは、あまり感情移入しなくてもいいから気楽な気がする。すこしワクワクして、目にも良さそう(緑だから)

 

母のお誕生日会はとても優しかった。

ありがとう。

 

 

所謂原点

女らしく 男らしく

で、ある必要はない、までの極致はいっているかもしれないけれど、

男でも女でもある必要は無く、ただ、ヒトである、ただの生き物である、だのの境界線を広く人類に知らしめている人は、まだ、居ないよね?

居るのかな。

わからないな。

まだ、私の見識は狭い。

居ないとしたら、私は、広くそれを知らしめたい。

男も女も嫌いで、ただ、生きている、人という、魚類の亜種、が、好きだから。

(魚類の亜種?)

ワハハ

 

娃哈哈

 

「娃」「蛙」かえるみたい。

 

まあいいか。

 

 

観葉植物のさいはて

雨の中陽があける

明るみに出たなんでもない真実の的に寝そべる人魚は、肉を食べない

 

今日は母の誕生日パーティでした(6/20)

 

なんでもないようなつもりで明るい私は水色の中で泣いたり、しかしながらひとびとの中では笑う。なぜなら楽しいから。

 

おはよう。

 

おはようの言葉は好きだな。日本語は大好き。美しいから、好きだ。フランス語も。琴線にふれる言語は、フランス語だ。

 

種族を越えたい話をしたが、それはエゴイズムだ。私はいつだって、私の話しかしない。人間が好きの裏返しは、私の好きの裏返しで、人間嫌いの深淵を覗く。また、自己嫌悪のマンホールにキンチョールを吹きかけたらば、溢れかえるゴキブリの如く。

なにもかも、同じだ。

ただ、平行線の、何かしらの色がただ、あるだけで、ヒトも、深海も、猿も、宇宙も、猫も火星も、そしてまた、ひとひらの風も、なんの気なしなアクビとなんら変わらない。

ただあるだけだ。

ただあるだけを、ただあるだけに変質させることに固執している。そんな私は、一体なんだ。

 

ひとひらの、ただの、色。変哲などない、ただの、透明。

 

透明に意味を見出そうとするひとびとへ 。(これに私も含まれる)

お元気ですか。こちらは、雨です。

異質な爪垢

久しぶりのブログ更新です。

 

新しいアイラブユーをいい加減考えた方がいいのじゃないか、とか

蟻塚の中で眠ったままの蝉が抜け出せないこと、とか

ライオンの胃袋が仮にひつじぐもの群れだったら……とか、を考えたり、考えなかったりしていたら、あっという間に2017年の半分が終わりかけていました。

 

おそらく最近は、豆乳の力だとか、そういったものに頼りながら、幼児退行を繰り返すニューロン(これはもしや、クラゲに成り替わる不老不死か?)で、ずっとずっと二重跳びで駆けていく、小学生の時の憧れが・

 

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これらで、また、ずっとずっと二重跳びをしたり、しなかったりして

 

言い表すことの先に……というより他ならない感情、は一体いずこへ

それより先に、明日はとても洗濯日和

 

ごきげんよう。 

手にとるように分かる猫的寓話

ついに我々が目を覚ました時には、ついぞ夜明けが来なかった。

我々が知見しうる限りの世界軸では、夜明けというものは、ネズミの臓器をひっくり返して読む本のように、また、鏡合わせにしない限りはやってくるものであった。
だからと言って、果たしてそれがやってこようがこまいが、全くもってなんの不都合もなく、そして、世界は8,000と367日ぶりに我々の実権社会へと返り咲いたのであった。ニャアと(しかし、このニャアと言う音は人間が生きている世界の、ある特定の地域で表現される我々の言語だ。)鳴けば、人間たちは、犬のように3回回ってワンと鳴く。(このワンと言う音も、先述の通りである。)

犬は、宇宙人である。という仮説を立てた場合、それを立証するものはただ一つ、チワワによって行うことが出来る。
何故かと問われれば、彼奴らは一蹴(これは物理的に。つまり"一度蹴る。")すれば、死ぬ。そして365日昼夜問わず叫んでいる。また、その挙動が不審なところも、宇宙人であると言える。単純に言ってしまえば、我々が上位カーストであるこの空間に於いては、いらない。いらないニャー。
よって、ここでチワワは退場。
ブラックホールに吸い込まれて、熱い熱いキャンディーのように、引き伸ばされて引き伸ばされてしまえばいい。我々はアカシックレコードaccessするのは容易であるので、それまでsuccessしていてくれ給え。ニャーハッハッハ。また、上記で宇宙人と述べているが、これは再翻訳の上で、便宜的にそのような言葉を用いているだけである。アッ、犬退場。サヨウナラ〜。てなわけである。

ここで一つ、勘違いをしてほしくないことがある。我々は決して犬が恐怖の対象であるわけではないということを。
本来、犬というものは我々を畏怖の対象としてみるべきなのである。それは、ラスコーの壁画に描かれている通り、我々の肉球の下の牛の蹄の下の亀のヒレの下の鳥人間の足の下のトカゲの爪の裏に犬が居るからだ。挟まっている。インドシナウォータードラゴンの前脚の爪の裏の溝に犬は挟まっている。これは傑作だ。
我々は時折、人間が築いた社会の道路の横によくある溝で思慮深く腰をおろしている事がある。これは決して挟まっているわけではない。しかし、犬は、挟まる。これは傑作だ。話が脱線してしまったが、我々がつまるところ主張したいのは、犬は我々を畏れ、敬うべきであるにも関わらず、そこらだ中にクソを垂れるわ、果てはマーキングなどと称して我々の領域に侵入してくる。このような不届き者は然るべき処罰を受けるべきなのである。

睡眠について。
これは、ある人間社会に於いては、我々を呼称する際の言葉の元になっていたりもする。
かの文豪が記述した言葉を借りる。
「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」
睡眠とは、ある人間社会に於いては、自らのエゴイズムを尊重する際に取る療養のことである。しかしながら我々はエゴイズムをわざわざ尊重せずとも、常にそれは発露されているものなので、実質、所謂起床時、であろうと、また、そうでなかろうと、我々を中心として世界は時を刻んだり、時に我々を雨で濡らしたりだとか、するのである。
我々は、高慢なる美しさという概念そのものなのである。
分かったか。ニャー。



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今、彼(或いは彼女)は、スヤスヤと寝息を立てている。



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あけました。今年もよろしくお願い致します。

グッズ通販があります。


◎マリーの脳ゲロ 分泌物的文筆物集/¥1,500
・過去芝居の脚本から、「駄菓子屋のババアは歳を取らない」、そして所属バンドの歌詞、またよいこのおマンガちゃんまで、まさに"分泌物"総集編な1冊です。
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◎ピースフルTシャツ/¥2,800
・こちらは再販予定無し、現物限りです。
XS、Sサイズ残りわずかとなっております。
ミュージシャンから私の叔母(下写真)までお揃いの1着。
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◎いかがわCストラップ(通販限定)/¥500
・過去にモツ投げアイドルを行なっていた時の物販でお馴染み。お馴染みの方も、お馴染みでない方も、どうぞ。
すべて1点ものとなります。※ランダムとなります。
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◎eat et eye缶バッヂ/¥1,000
・ご自身用も、好きなあの子用にも。
よりどり3点セットなので、3姉妹にもオススメ。
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これらを身につけると(或いは読むと)以下のような特典が得られます。
・友達ができる
・厭世感が無くなる
・色々上手くいく
・昨日よりもっと強くなれる
・痛みの先に自分さえ知らない姿手に入れる
・それがエボリューション
・明日は、もっと楽しくなるよ。
・ね、ハム太郎


それではみなさん、ごきげんよう

おそらく、創作こけし。されど手記と思想

作り話ですよ。

象の寝息によく似た水色が透明になる、つまり街がイルミネーションで彩られた後の始末、つまり、それはクリスマスの翌日以降を指していて、勿論年末である。
もぬけの殻になる前に、私は幼女を掻っ攫った。それはドン・キホーテでの話であった。
突如として輝き出した私の心のLED!点灯式は少し待っていてね。けれども誰も待っちゃいないし、時間もまた、雨みたいに降りしきるばかりで、止むようなことはないのだ。
道端で子猫を拾うのは許されて、どうして子供を拾うのは事案になってしまうのか?それは子供が子どもになり、障害者が障がい者に変わる前より前のめり気味なトークの素であった。当然味の素は化学物質で出来ていると思うし、いつかの中華飯店で食べた野菜炒めだかなんだかは、ハッカクとアジノモトの味しかしなくて、ひどく舌を傷める原因となってしまった。化学物質アレルギーというやつですね。でもナチュラリストは概ね嫌いです。理由はそう、怖いから。
これは明朝体で書かれていないからといって、明朝に書かれていないわけではない。これは列記とした夜明けの文章だ。その証拠に、松屋の看板が暗闇の中で煌々と光る中でしか書けない文章だと思う。タバコのにおい、煙、朝のコーヒーの湯気が交じって、視界が曇ると、まだ夢の中なのかなあなどという錯覚に陥る。明朝のことは字面が明るい朝であるということから、夜明けっぽいなあと思っていただけのことであるので、その節は、いや、その折は?どうか忘れてほしい。なお、正しい意味合いを知りたいかというと、それは貴様に訊かなくともウィキペディア、或いはヤフー辞書で調べるので結構です。
ところで猫は死ぬと頭蓋骨に十字架を刻むらしい。日本の猫は知らないが、死んだ私の猫は、本来イギリス産まれであるので、キリスト教元来だと思われる。つまり、猫は死んで、肉が朽ち、骨になってようやく何を信仰していたかというのが発覚するのだ。それまでは宗教的な思想に基づくことなく、きやつらは独自によって呼吸を繰り返しにゃあにゃあ鳴いたり、ご飯を食べたりするのだ。キャッツだけに。
私は猫が大好きだ。だから、猫が望むのならば、人間も殺す。猫ちゃんがヤバイ立場になったら、人間を殺す。さしあたって、今のところ生き物を殺してはいけない理由は、悲しいというものが生まれるからだと思う。
人を殺してはいけないのは、見つかると自分も死ぬ可能性があるからだと思う。捕まっちゃったりしてね。
自分も死ぬと美味い飯は食えなくなるし、なにより猫ちゃんとタップダンスを踊ったり、チゴイネルワイゼンを聴いたり、ワイルドサキソフォンを吹いたり出来なくなる。だから、やだ。やだから、バレると困るからあんまり殺さないようにしている。
これだけ命がそこらへんに転がっているのに、そんなありふれた、温泉みたいにあふれた、命、で、一喜一憂しているのが悔しい。だから虫をいじめたりハムスターを殺したり、金魚を痛めつけたりするのでは?少なくとも私はそうだ。
だから、この攫ってきた幼女を、どうしようかなあと思っている。
幼女は、猫ちゃんみたいだと思う。それは、見た目の話だ。
ぽやっとした髪の毛、薄い胸から臍の下までのゆるいアール、思わず抱きかかえたくなる。だから、抱きかかえて、私は街を走った。家に着いて、私を見上げるその瞳の純なカンジ、ポカンとした様、ああ、猫だなあ。
しかしだなあ。
よくよく考えてみれば、人だし猫ちゃんじゃないよね。
しかもドンキで拾ってきたシロモノとくれば、途端に身汚く感じる。何故ならばドン・キホーテ民度が低いしなんか名前も下卑たかんじっぽいから。
見るな!殺すぞ。今夜はステーキ。やったー!リブロース大好き。