マリーの脳蜜。

ナカムラルビイの脳みそから抽出されたもの

隣の増田はよくマスかく増田

創作小話です



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その時、教室で起こったのはビッグバンであった。

出席番号二十九番、私、三浦万寿美、ミウラマスミ、の、隣の席、の、増田。

増田の、「俺、一日五回はセンズリこいとる。」というセンセーショナルな一言によって、二年三組の教室は、途端に色めきたったのであった。
露骨に嫌な顔をするのは、増田の座席の右斜め前に座る、出席番号二十七番、細井。女子。
その隣で、嬉々として増田をまくしたてるのは、出席番号二十六番の、蛇澤。男子。
ただでさえも思春期真っ只中、男女の性差が顕著になり、サラダボウルみたいにめちゃめちゃに混在した学び舎では、個人のセクシュアリティ溢れる話など、タブーに等しかった。
この中学校に於いては、女子の絶対領域といえば、紺色の膝下スカートから、長めの白ハイソックスの間の、およそ三センチであったし、校則では、男子の頭髪の長さは三センチまで、と記されているのであった。
田舎の厳格な中学校そのものなので、殊更この手の話には誰も大々的に好色を示さなかったのだ。
校則によって、団子三兄弟のような風体となっている、男子以外は。

そんな二年三組の、一学期始めの数学のテスト終わり。
脱力感漂う雰囲気を切り裂いたのは、先ほども述べた増田の言葉であった。
増田のマスターベーショントークは、センシティブでセンチメントな中学二年生の我々には、ひどくインパクトのある話で、タブーを打ち破る様は、かの革命家チェ・ゲバラの様相を呈していた。
且つ、ひとたびの言動によりクラスメイトを惹きつけた増田の姿は、まるで、社会史の先生が授業中に豆知識として語っていた、民衆の眼前で弟子とオナニーをした哲学者ソクラテスのようでもあった。
私も、そんなソクラテスの珍妙極まりない言動に面食らう民衆の一人だ。
つまり、今の増田はカリスマだ。

増田は続け様にこう言う。
「オナニーなんて、猿でもやっとる。人間だって、カいとる。今更恥ずかしがることもないやろ。」
教室中は、妙な熱気に包まれ、誰もが、何故そんな話に至ったのかなんて忘れていた。増田の話し相手であった筈の私も、予想外の一言によって、忘れてしまっていた。
もはや、そんなことはどうだっていい。
とにかく、増田は己の自慰行為の頻度というアホくさいカミングアウトによって、一気に二年三組のクラスカーストの上位に躍り出るのであった。

それからというものの、クラスメイトは増田の一挙一動に一喜一憂し、増田自身は、コンダクターとなっていった。
最初こそ不快感を露わにしていた女子たちも、制服が半袖に変わる頃には、「増田くんて面白いよね。」などと、フワッとした好奇によって、増田に対して好感を持つようになっていたのであった。

そろそろ本格的に、肌にじんわりと汗がにじむ季節がやってきた。
増田の隣の席である、私、出席番号二十九番、三浦万寿美、ミウラマスミ、は、何故だか増田のオナペットアイコンとして、クラスメイトに茶化されるようになっていた。
無理もない。私はCカップだ。
第二次性徴期ソサエティの中では、Cカップの発育のよろしい私は、そういった的の格好の餌食となるのだ。
私の前の座席の女子、細井。
増田のカミングアウトの際、彼女は真っ先に、腐った肉を嗅いだような顔をした。
しかし、今の彼女は、こうだ。
「増田くん、意外と顔もかっこいいし、付き合っちゃえば?」
こんなことを言うのだ。
こんなことを言う時の女子の責任感など、往々にしてお粗末なもので、私も同じ女子として、そのたんぽぽの綿毛の如き軽さは重々承知の上ではあるものの、「まあ、私は別に、好きでも嫌いでもないけど。かっこいいしね。まあ、どちらかと言えば、好きっちゃ好きかな。でも、結婚したらミウラマスミだよ?ちょっと、変じゃない。」などと、先走りまくった素っ頓狂な返事をしてしまうのであった。
それ以降、増田のことを、意中の人という対象で、益々意識するようになってしまったのは、言うまでもない。

そうこうしているうちに夏休みに入る。当たり前のように毎日顔を会わせる日常から遠ざかってしまうと、それとは裏腹に、私の増田への恋心は募っていくばかりなのであった。
英語の宿題をしていると、単語訳の中に、"数学"というワードが出てくる。
数学、マス、増田……。
増田ーべーション……。
私もまた、中学二年生なのだ。

悶々とした七月を終え、八月の第一週目火曜日、出校日が訪れた。
正午前に、生徒は、みな帰る。
教室に残されるのは、喧騒の後の静寂と、それに反抗するように反響する、蝉の声、それだけだ。
それだけだったはずだった。
けれども、二年三組の教室では、少しだけ日焼けした増田と、私が、対峙していた。
事の始まりは、数十分前。
帰りの会が終わり、皆がポツリポツリと教室を出て行く中だった。
何を思ったのか私は、「増田って、夏休みはどれくらいその……してるわけ?」という疑問を増田に投げかけたのだ。
それを受けて増田は、ニヤリと笑った。
「ええよ。」

その「ええよ。」の中には、お前に俺の自慰に耽っている姿を見せてやる、という意味が含まれていることに気付くのは容易かった。何故なら増田も、「増田って、夏休みはどれくらいその……してるわけ?」の中に、あんたのオナニー見てみたいんだけど、というニュアンスが込められていることを理解していたからである。中学二年生の性に対するハングリーさと、洞察力は凄まじいのである。

ああ、それにしても、暑い。
「窓、開けていい?」
「いいけど、カーテンは閉めて。」
増田は既に下半身を露出していた。
「じゃ、するから。」
そう言うと増田は、学ランの胸ポケットから生徒手帳を取り出し、その中に入っていた、一枚の写真と思わしき紙切れを机の上に置いた。
コノヤロウ、いつもオカズを持ち歩いているのか。
そんな怒りに似た呆れがフッと湧くものの、それと同時に、眼前で繰り広げられるエロ同人まとめサイトのような光景を、冷静に客観視している自分も居た。
あられもない格好で、必死に右手を動かす増田。
増田の荒い息遣いを聴いていると、なんだか、この場は私が支配しているという、征服感があった。
繰り返すが、私もまた、中学二年生なのだ。
要は、アホの極致なのだ。
ああ、しかしきっとこれは、この、暑さのせいだろうな……。

果てた増田の後ろ姿は、なんだかニルヴァーナを湛えていた。
そんな増田と、私。
つい先ほどまで、生徒たちの活気に満ちていた教室には、初春の下心と、背徳感と、デカダンスが、流れていた。

いかんともしがたい空気の中、私はポツリと、言う。
「……マスダマスミって、変だよね。」
風が吹く。
増田が机の上に置いた写真が、床に落ちる。
出席番号六番の、川村が、少し露出の多い私服を着て、恥ずかしそうに微笑んでいた。

「俺、彼女いるんだ。」
その風は、次に、私の哀愁を連れて、廊下側の窓を、カタカタ、と、小さく、震わせるのだった。
「あっ……そう。」

正午を報せるチャイムが鳴る前に、私たちは教室を後にし、それぞれの帰路に着くのであった。

その夜、私は、増田を思いながら、ベッドをベチョベチョに濡らしていた。
無論、涙で。
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