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マリーの脳蜜。

ナカムラルビイの脳みそから抽出されたもの

●ックスの話

日記 ライブ
話は2年前に遡る!

当時私は、高校を卒業したけど社会に出るような甲斐性もなし、寄る辺なし、金もなし、展望もなし、なんとなしに高校の専攻科(短大とか専門学校とかそんな感じの)に行って、ロクロを回したり土をこねたりしていた。
4月末。アラバキロックフェスでThe TravellersのThat Mellow Saxophoneに涙した。とにかくカッコよくて、カッコよすぎてどうしていいかわからずに、泣いた。
翌日、仙台から名古屋に帰る飛行機をキャンセルして、そのまま父と横浜に行った。トラベラーズを追っかけて、トラベルした。
楽屋。私は、楽屋の空気が苦手だ。自分が出ているワケでも無いのに、そこに居ること、それがすごく申し訳なくて、だから、「この人たちと堂々と場を共有できるようになろう」と、「同じ土俵に立ってやる」と、思ったのであった。
横浜から帰ってきて、翌週、すぐにテナーサックスを買いに行った。トラベラーズのしーくんが使ってるのと近い見た目のサックスを必死こいて探して、でも未成年なので上限30万しかローンが組めず、手持ちで事足りなかった頭金は、母が仕事を早退して持ってきてくれた。ここで、母に多大なる感謝を。
そんなわけで、「このローンが払い終える頃には、トラベラーズと一緒にやりたい」っていうのを目標に、2年間ローンを払い続けた。
学校は行かなくなった。夜中にスタジオに行きまくった。トラベラーズの、父が参加しているNYライブの音源、Jumpin' at NYのThat Mellow Saxophoneのしーくんのソロ、の、高音、一瞬のノイズに惹かれて、とにかく練習した。いつの間にか学校は退学になった。そしていつの間にかノイズばかり吹くようになっていた。

ローンを払い終えたのは、今年の夏だった。
トラベラーズとの、タイバンが決まった。

素直に言って、おしっこチビるかと思った。

ほんで、昨日おとといと、一緒に豊橋クラブノット、岐阜羽島と。
迎えた1日目、ライブ前にアレルギーで死にかけになり、2日目、会場でトラベラーズのリハを見ながら点滴。
体調はウンカスレベルだったけど、助けてくれた人々のお陰で、無事に、楽しく、ハッピーに!できました。
しかも、2日目のリハ後、ざぶんが「一緒にザットメロウ吹くと?」って。
おい!マジか!出来る出来ないの前に、「やるっぴ〜〜!!」などとふざけた言葉を返すのであった。

いざ、ライブ。
マイクトラブルがあったりなんだりしたけど、これまた助けてもらって、しーくんとサックスソロ対決もブチかませて、もうすぐ死ぬんじゃないかなあと、とか、そんなことを考えていた。
この瞬間のために私は、サックスをやっていたんだ。

打ち上げで。
しーくんに、ノイズサックスは自分のものだ、と、言ってもらえました。

この機会を与えてくれた方、助けてくれた人、ここまで支えてくれた方、来てくれたみなさん、ママ、そしてあの衝動をくれたトラベラーズ、ピースアンドハグアンドハピネス!

ただ一つ心残りなのは、ザットメロウの最後のフレーズ、スタジオでCD音源に合わせて吹いてた時は完璧だったのに、実際に吹いたら失敗したことです。
しかしながら音楽というのは不思議なもので、悔しい分だけ楽器が好きになるんだよなあ。

ということで!
次の夢も、言ったら叶うと思うので、言います。
トラベラーズwith中村親子として、ステージに、あのアラバキの地に、立つ!
以上です。

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追記

ちなみにアルトサックスは小3の時からやっていた。
今は無き、栄の明治屋の隣の丸善の9階のヤマハ音楽教室に通っていた。おばあちゃん、りょうじさん(祖父)が、お迎えに来てくれていた。
先日、今は亡き祖父が撮りためていた写真がいっぱい出てきた。初めての発表会、100人くらいの大人の中で、Aトレインと、あとタイトル忘れたやつを吹いている写真。涙ながらに撮っていてくれていた思い出が蘇る。
祖父が亡くなる前日、高校の吹奏楽で、初めて賞を取ったことを、伝えた。

おばあちゃん(は、ご存命だけど)、りょうじさん、10年ぐらい前に、パパが叩いていたトラベラーズと、私は一緒に演ったよ。
りょうじさんはジャズが大好きで、おばあちゃんは、「たっちゃん、けたたましい音楽やらんと、ジャズを続けなさい」って言って(たらしい)。

パパが叩いていたトラベラーズと、私も、一緒に、演ったよ。
ここに、報告します。